もう、明日がないなら…
 彼女を救いたいと思っていた。しかし、実際はそうではなかった。救われていたのは、自分だった。妻の会社を継ぎ十五年。仕事ばかりで家庭を顧みる余裕などなかった。何十人もの部下達の生活を背負い、義父に認められるために死に物狂いに働いた結果が、仇となって返ってくるとは思っても見なかった。妻はそんな自分を理解などしてはくれなかったのだ。それだけではなく、他に男を作り不貞を繰り返していたのだ。それでも世間体だけを気にして、仮面夫婦を演じているのだ。もはや彼の心が休まる家など、どこにもなかった。花恵に出会うまでは…

「君を失ってしまったら、私はもう生きる意味を失ってしまう…。頼む、顔を見せてくれ…」

 ドンと拳でドアを突くと、彼はその場にしゃがみ込んだ。その時、彼女は静かにドアを開けた。

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