もう、明日がないなら…

　固まっている雄哉からすっと離れ、床に転がっている拳銃をそっと拾い上げると、自分のこめかみに当てた。そして、しっかりと安全装置を引いた。静かなその空間に、ガチャリと金属の重い音が鳴り響いていた。

「佳美！」

　床に伏せたままの雅臣が叫ぶ。その声を合図に佳美も美妃が握る拳銃に片目を閉じて狙いを定めていた。すると、美妃はにこっと微笑み左手の手の平を見せた。佳美に銃を降ろすように制止したのだ。

　これで、全て片が付くなら…

「この一年、本当にありがとう」

　彼女がそう口にしてから、引き金を引こうとしたまさにその時—

　大きな叫び声とともに、雄哉が彼女の手を掴み力一杯振り解いたのと同時に、爆音と火薬の匂いが辺り一面に広がった。それから程なくして赤い雨が降り注ぐ。

「美沙…！」

　肩を押さえながら雅臣が美妃の頭から上に覆い被さった。

「見るな！！」

　鋭い声で雅臣が叫ぶその背後で、頭から血を噴き出した大きな肉の塊が大きな音を立てながら分厚い床の上に倒れていった。足下にはこぼれたペンキの様に真っ赤な血がどんどん押し寄せていた。