もう、明日がないなら…
 そんな目の前の男に、くたびれたサラリーマンというイメージは程遠く、バリバリと業務をこなすエリートのような印象を受けた。

「あの…、何が御用ですか…?」

 美妃は恐る恐るその男に訪ねてみる。彼女の声色に、彼は明らかに落胆していた。無理やり現実に引き戻されたような、そんな顔をしていたのだ。

「も、申し訳ない。知り合いにそっくりだったもので」

 男は彼女を放し、荷物を拾いあげると、そっと差し出した。そして丁寧に頭を下げると、そそくさとその場から立ち去って行った。

(びっくりした…)

 しばらく、遠ざかるあの男の背中を眺めていたが、美妃は我に返った。思い出したように待たせていたタクシーのトランクに荷物を積むと、後部座席に乗り込んだ。美妃は、あの場所におよそ似つかわしくないあの男の残像を追いかけていたが、窓の景色が流れていく度に、その考えは薄らいでいった。

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