もう、明日がないなら…
「お嬢さん、気をつけて」

 彼はそれだけ言い残すと、リビングの扉の向こうへと姿を消した。しばらくの間、美妃は動かなかった。いや、動けなかったのだ。

(初めて会った時も、寂しそうな顔をしてた…)

 あの時、あの人は人違いだって言っていた。しかし、今感じた懐かしさは、嘘じゃない…

(あの人は、記憶をなくす前の私を知ってる…?)

 立ち尽くし考えていると、「美妃」と後ろから声をかけられた。振り向くと、スーツケースを持ち上げながら階段を降りてくる雄哉だ。

「どうかしたのかい?」

 階段の途中で止まっている彼女を不思議そうに見ていた雄哉は、彼女の横に並んだ。美妃はさっきまでの考えを振り切るように笑いながら首を振った。そして、雄哉と一緒に階段を降りると、そのまま正面にある玄関ホールへと向かった。

「じゃ、先に行くよ。待ってるからね」

 雄哉はそう言うと、美妃の唇に軽くキスをした。美妃は頷き、手を振って彼を見送っていたが、心はすでにリビングの方へと向いていた。

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