もう、明日がないなら…
 気を取り直した美妃は、雅臣の後ろにある窓を遠目で見つめながら、彼の質問の答えを語り出した。

「…あなたが笑うから」

「え?」

 美妃の声はとても小さく、宙を漂った。彼は思わず、聞き返す。

「私を見るあなたが、寂しそう笑うから、私…」

 自分の腕を抱き、再びうつむいた美妃の口からはため息が漏れていた。
「こんな気持ちで、フランスには行けない…」

「行かなきゃいいのよ」

 佳美の話に反応した美妃は、振り返った。

「雄哉は、あなたを監視してるだけなのよ。あなたの記憶が戻らないように」

 佳美がそう口にした瞬間だった。ドアの横の壁に寄りかかっていた佳美が美妃に覆いかぶさりながら、「伏せて!」と叫んだのだ。その叫び声に、雅臣もとっさに姿勢を低くする。その直後だった。風を切る音を聞いたかと思えば、大きな音を立てて、ドアに小さな穴が空いたのだ。

 佳美は足首に仕込んでいた小型の銃を取り出し、美妃から離れた。そして、姿勢を低くしたままその銃を構え、窓に向かう。しばらく外から見えないようにして窓の外の様子を伺っていると、素早くカーテンを引いた。

「…誰を狙ったのかしら? コントロール悪過ぎね」

 鼻で笑いながら、佳美は言った。しかし、彼女と同じように笑う者はいなかった。

「とにかく、早くここを出た方がいいかもね。誰かの体に穴が空いちゃうわよ」

 佳美がそう言うと、三人は雅臣の部屋を後にした。

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