もう、明日がないなら…
「体温、脈拍、血圧ともに正常ですね」

 医師が事務的にそう口にすると、隣に立っていた看護師からバインダーを受け取った。

「精密検査でも、特に問題はありませんでした。しかし…」

 ベッドの上で体だけ起こした女は、怯えるように一点を見つめついるだけだった。まるで他人事の様に。

「記憶を失っているようですな」

 医師は眉間にシワを寄せて、そう口にした。

 女の肩は、小さく震えていた。男は、そんな彼女の横に座り、そっと肩を抱いた。

「大丈夫。僕は味方だよ」

 小さな子供をなだめるかのような優しい口調で、彼は彼女の耳元でそう囁いた。すると彼女は、彼の言葉にピクッと反応する。

「身元がわかるまで、僕が面倒みますよ」

「そうですか。しばらく心療内科に移っていただき入院になります。手続きは…」

 彼女が聞いていたのは、ここまでだった。

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