もう、明日がないなら…
「…雅臣さん」

 美妃は前の座席の間からフロントガラスを真っ直ぐな目で見据えながら、不意に彼の名を呼んだ。ガラスの向こうには、真っ青に晴れた空が広がっていた。どこまでも続くその空が彼女の知らない世界を知っているような、そんな気がしていたのだ。

「雄哉さんは、どんな幼少期だったのですか」

「…彼は、負けず嫌いで何でも僕に挑んできました。しかし彼は、僕に言わせれば詰めが甘く、一人で空回りしていたような気がします。勉強は頑張っていましたが、父の期待には答えられなかった。母には愛されていましたが、やがて情緒不安から不倫に走ってしまうので、多分彼は、愛情に飢えていたように思います」

 目を細めながら昔の記憶を呼び起こしている雅臣の話に、美妃はじっと耳を傾けていた。

「雄哉の母が亡くなってから十年ほどして、父も倒れて亡くなったのですが、雄哉が父の会社を継ぎたいと言い出しました。僕は会社経営に興味なかったので、彼に譲ったんです。ところがあまりうまくいかなかった。彼は僕に会社を手伝って欲しいと言ってきましたが、僕は断ったんです」

「何故?」

 美妃に聞き返され、雅臣は小さく笑い、肩をすくめた。

「橘家にはたくさんの恩を受けました。なに不自由無い暮らし、血の繋がらない僕を本当の息子として可愛がってくれた父…。しかし居心地のいい家ではありませんでした。割と早い段階から、何もかも捨てて、自分の力で生きていこうと考えていたので。元々一人だったわけですから…」

 彼はそう話した後、口をつぐんだ。

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