もう、明日がないなら…
　確か、あの時…

　変な薬を嗅がされ、意識を失ったのだ。空白の時間に、一体何が起きたのか？ 何故自分がこのベッドに寝かされているのか、などと考えていると、彼女は目の前の男が開口一番に言ったことをにわかに信じられなかった。

「パリの空港で待ってても、君が来ないから本当に心配したよ。でも本当に無事でよかった」

　いつも通りの彼のはずなのに、疑心からか、美妃は違和感を覚えていた。しかし、まだそれを悟られてはいけないと、平常心を心掛ける。

「…行けなくてごめんなさい。留守電にも入れておいたけど、空港に向かう途中、貧血で倒れてしまって。あなたに連絡が取れなかったから…」

　美妃は目を伏せ、自分の腕を抱きながら、理由をそう説明した。

「そっか。大変だったね。でも、今までどこに行ってたんだい？ なかなか帰ってこないから、心配してたんだよ」

「えっと、そ、そうね。連絡もせず、心配かけてごめんなさい…」

　美妃は雄哉の目を見ることができなかった。しかし、そんなことなどお構い無しに、彼は美妃のベッドに腰掛け、彼女の肩を抱きながら、彼女の顔を覗き込んでいた。

「僕たちは婚約したんだ。…だから、これからもずっと一緒だよ…」

　彼はそう言って、自分の唇で小さく震える彼女の唇を塞ごうとした。しかし、美妃はその瞬間、彼の体を突き飛ばしていた。すると、雄哉の目は、彼女の想定外の行動に、驚きで揺れていた。
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