もう、明日がないなら…
 そんな男は山ほどいるはずなのに、この店に来る男達はここにいる女達にはべらされ、だらしない顔をして帰って行く。それが普通のことなのだが、精神的に限界に近かった彼女にとって、あの男は彼女の荒んだ心を照らす一筋の光に見えたのだ。

 男の名は、春日幸太郎といった。彼は初めての来店から、雪月花を気に入った様子で、週に一度のペースで店に来るようになったのだ。その度に、彼女は彼に指名されていた。一人で来るときもあったし、部下を引き連れて来るときもあった。しかしどんなときも、彼の隣に座るのは、彼女だった。

 最初は他愛無い世間話から始まり、彼の仕事のこと、子どものことなど、”春日幸太郎”という男を知れば知るほど、彼女の中で何かが弾けて行くのだ。

 好き…

 自分よりも、ふた周りほども違う彼。結婚し、奥さんも子どももいる彼…。そんな彼が、たかがクラブのホステスに特別な感情を抱く訳がない。彼女には解っていた。それが、どんなに不毛な恋なのか。しかし、今の自分を救ってほしかったのかもしれない。恋心を抱く乙女になりたい訳ではない。彼女のその荒んだ心を、潤してほしいだけなのだ。

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