歪んだ曼珠沙華
聞いてくれ、と彼女から言ったにも関わらず、なかなか話しだそうとはしないその姿。そのことに、真鍋は段々と苛立ちだけを強くしている。二人の間には緊張感をはらんだ空気が広がり、針でつつけば弾ける風船のような危うさだけが大きくなっていく。



「麻美さん、話したくないならもういいですよ。僕だって、いつまでもあなたに付き合っていられるほど、暇じゃないんですから」



いつまでも態度の変わらない麻美に業を煮やしたように、真鍋はそう告げる。そのまま立ちあがると、彼はズボンについていた落ち葉をパンパンと軽く払い、その場を離れようとした。その彼を見た麻美は急に顔色を変えたかと思うと、低い声で呟いている。



「あなたも、やっぱり同じなのね」



その声は注意していないと聞きとれないほど小さい。それでも、真鍋の耳には届いていたのか、彼の足が止まる。それを見た麻美は勢いよく立ちあがると、彼の胸倉をその小さな手で思いっきり叩く。



「あの日もそうだったじゃない。私のことなんて丸っきりみてない。まるで切れた電球を取り換えるみたいに私にサヨナラ言ったじゃない。でもね。私はそんなことで簡単にサヨナラするような軽い女じゃないのよ。そのことも分かってなかったの?」



それまでの穏やかな口調が一変して激しさを含んでいる。いや、それよりも感情を抑えることができなくなったように、彼女は荒々しく言葉をぶつけていく。堰を切ったような勢いの言葉と殴られる胸倉。思ってもいなかったことが続くことに、真鍋はグラリと傾いた体をなんとか立て直そうと必死になっていた。



「ねえ、覚えてないの? あの時、あなたは私のことをあっさりと捨てたの。ええ、でも、そんなこと、認められるって思ってるの? そんなことが認められるはずないじゃない。だから、私はあなたをあの色の中に沈めたの」



そういうなり、麻美はニッと唇を釣り上げる。さきほどまではサンゴのように見えていたそれが、血のように赤い。その微笑みは、仏像などによくみられるアルカイックスマイル。笑っているはずなのに感情の見えない顔に、真鍋は背筋が凍るような思いしか抱けない。



「麻美さん、誰に向かっていってるんだい? 僕は君にサヨナラなんて言ったことはないだろう?」


< 3 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop