歪んだ曼珠沙華
その言葉に、麻美は信じられないというような表情を浮かべるだけ。その口元に浮かぶ微笑みの弧はますます大きくなり、今では下弦の月のようにもなっている。その頬笑みのまま、彼女は真鍋の手を離すまいというように握りしめると、耳元で囁いていた。



「今、言ったじゃない。それも忘れちゃったの? でも、いいのよ。私から離れることなんてできないんだもの。そんなこと、させたりしないわ。ええ、本気でそんなこと思ってるのなら、あなたをもう一度、あの時と同じようにこの色の中に沈めてあげる」



途中で言葉を挟むことなど許さないように、麻美は言葉を真鍋に叩きつける。その言外の意味に気がついた彼は、背に虫が這うようなザワリとした悪寒だけを感じている。

麻美の今の言葉を信用するなら、彼女は罪を犯したと告げているのと同じ。そのことを確認したい彼は、声が震えるのを無理矢理におさえつけ、問いかけの言葉を口にする。



「麻美さん……君は……人を殺したのかい?」



真鍋の声は、微かに震える。その声を耳にした麻美はコクリと首を傾げると、何事もなかったように応えていた。



「あら、そうだとしたらどうするの?」



その様子にはどこにも悪びれたところがない。まるで、ゴミが落ちていたから捨てたのよ、というような調子。感情の見えないアルカイックスマイルと、艶めかしさを感じさせる唇が紡ぐのは、現実とは思えない言葉。

それを耳にした真鍋の体が硬くなるのを、麻美は月の弧をますます深くしながらみつめるだけ。その口がまたゆっくりと開かれる。



「真鍋さんはそのことを知って、どうなさりたいの?」



先ほどまでの激情が嘘のような穏やかな声。急に彼女の態度が変わったことに驚きながらも、真鍋は応えなければいけないのだ、ということを本能的に悟っている。



「どうしたいんだろうね。でも、こんなことを話して、無事に済むと思ってるのかい?」



真鍋のその声に、麻美は肩をビクンと震わせる。その震えが恐れからだろうかと手を差し伸べかけた真鍋の耳に、乾いた笑い声が響いてきた。
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