君想歌
「“あの時”、俺がどれだけ
苦しんだか知っている桂さんが
俺の大切な人を傷つけるの?」


吉田松陰。

生涯忘れることの無いであろう
その名前を出した吉田に桂は
深く息を吐いて目を閉じた。


大老、井伊直弼が行った
安政の大獄で処刑された
その人物。


この部屋に居る三人、
皆関わりが深かった。


「悠、私は席を外そう。
話してくれるかい?」


少し首を傾げた桂は壁際で
縮こまっていた悠を見つめた。


「はっ…はい」

上擦った声で返事をすると
背筋をピンと伸ばした。


吉田は刀を鞘へと収めると
浅く息を吐いた。


これじゃ……駄目だ。
落ち着かないと。


待ちなよ、と腕を掴もうとした
手を止め、畳に座り直した。


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