春恋
ホテルに到着するなり向かったのはラウンジではなく最上階の部屋
あきらかにスイートルームと呼ばれるものだった。
慣れた手つきでカードを差し込み、ドアをあけてくれた黒崎はニッコリ微笑み“少々お待ち下さい”と言って部屋を出ていった
残された愛美はグルリと周りを見渡した。
「お待ち下さいって、ここラウンジではないよね。」
不安になり叔母に連絡をしようとしたが、その指はぴたりと止まった。
数十分前の叔母の顔を思い出したのだった。
ポケットにスマホをしまい、愛美は窓の近くに寄るとカーテンを開けた
空から降る雪は止むことを知らないようだ
パラパラと黒い雲から白い綿が降る小さい頃は不思議だなぁ。不思議だなぁ。と大きな瞳を輝かせて見ていた少女はその原理を理解してしまった。
「風邪引きますよ。」
上品な声が愛美を現実に引き戻した。
「黒崎さん、」
「黒崎。で構いません。使用人にさん付けはいけませんよ。」
お掛け下さい。と言われたのはフカフカなソファー
愛美は端に座ると黒崎は楽しそうに笑い目の前にロイヤルミルクティーを出した
「黒崎さんのは……?」
当たり前のように出されたカップは1つだけで黒崎のは無かった。
「私は、結構です。愛美様が美味しそうに飲んでいるのを見ているだけで幸せです。」
「そんな。私、1人で飲んでも美味しくありません。あ……じゃなくて、えっと、いつも美味しいです。でも、そうじゃなくて。えっと……」