こんな能力なんていらなかった—鳥籠の中の鳥は愛を詩う—
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「さて……準備はすんだか?」
「ええ」
お父さんの問いかけにお母さんが頷く。
「……どうやってエスニアまで行くの?」
フィリアムの問いにお父さんは、怪しげに笑った。
「よぉく見ておけよ?」
お父さんは右手に魔法陣を浮かばせる。火を起こす簡単な術式だ。そしてそれに火を灯らせて高々と掲げる。
「こい、サラマンダー」
ゆらりと炎が蠢いたあと。
炎は不意に大きく燃え上がり、食い入るように見つめるその先で。
それは姿を現した。
炎の中から、スッと。
長い鍵爪は宙を掴み損ねて、前のめりになる。しかし、心配する必要なんてないz
それは危なげなく地面に降り立ち、太く長い尾をあるかどうか確かめるかのように降る。
そしてそれと目があった。
それは、フィリアムの姿を見て一瞬驚いたような、そんな気がした。
それに表情はないというのに。
「こいつに乗せてもらおうと思ってる」
そう言ってお父さんはサラマンダーの顎を撫でた。
強固な鱗がザリと音を奏でる。
それはお父さんを一瞥した後、唸り声とも言えるような声をあげ、そして首を垂らした。
「さぁ、行こうか」
お父さんのその笑顔が出発の合図だった。
サラマンダーの鱗は予想通り硬く、そして熱された石のように熱かった。
けれど、火傷することもなく、フィリアムは安心してそれの背に乗る。
空はどこまでも澄んでいて、その空はこの先の自分達になんの影もないことを暗示しているようだった。