こんな能力なんていらなかった—鳥籠の中の鳥は愛を詩う—
ナイフの刃が肌にめり込んでいく。これで横に動かされたら、一巻の終わり。
「じゃあ死ね」
だが、不思議と怖い気はしなかった。
助かる確信があったから。
「——誰の」
フィリアムの声が聞こえる。
エルダンのすぐ後ろで。
「許可を得た」
フィリアムの小さな手が男の顎に伸びる。
「……誰が、お前に人を殺す許しを与えた」
純粋な怒り。それが矢となり肌にささる。
男は硬直する。気付くのが遅い。
この少女は次元の違う存在なのだ。
「お前に生きる資格は与えられない」
フィリアムがそう告げた瞬間、男はパリンと硝子細工が砕けるようにして散った。同時に世界は元の色に戻る。
現実味のない光景に体が硬直する。
砂となった男はサラサラと風に混じって飛んでいく。
フィリアムが人を殺した——?
それは、俄かには受け入れがたい事実だった。
だが、フィリアムが突然糸が切れた人形のように、草の上に倒れたのを見てそんなことを言ってられなくなった。
驚いた瞬間、硬直がとけた。そのまま這いずってフィリアムに近付く。
「お、おい……フィオ?」
肩を揺さぶるが、フィリアムはぴくりとも動かない。焦り始めたその時、微かな音が聞こえた。
ハッと祠の方を向いたエルダンは顔を歪ませた。
「遅ぇんだよ……」
彼女が生きていたことに対してか、少女と二人きりではなくなった安堵からか、エルダンはほっと肩を撫で下ろす。
その女が一歩歩くたびにしゃりんと音が鳴る。足についた鈴が音を奏でる。その後ろには付き従うように、あの黒い狼が続く。いつの間にか消えていたのか、全く気付かなかった。