だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「時雨も飲むか?」
空のグラスを持ち上げて森川は言った。
うん、と頷いて焼酎を作る森川の手元を見つめる。
大きな手がグラスを包んで、ぎこちなくからからと音を立てていた。
いつもお酒を作るのは私の方が多くて、森川が注いでくれるのは久しぶりだった。
ことんと目の前にグラスを置いてくれる。
それに口をつけると、少し濃い目の水割りになっていた。
目の前には沢山の料理が並べられていたが、少しずつ手をつけていたのでお皿ばかり置かれている。
取ってしまおうと思えば、綺麗に片付けられる量。
けれど、今日はゆっくりしたい。
その気持ちのせいか、そのままでもいいような気がしていた。
「この前、・・・櫻井さんと話してるの聞こえた」
唐突に森川が切り出した。
私は、突然のことに頭が回っていなかった。
この前?
櫻井さんと?
聞こえた?
まだ玄関に人の気配はなかったように思っていた。
けれど、森川はそれを聞いていた。
確かにドアの開く気配はしたけれど、聞こえるほど大きな声だったわけではなかったと思う。
けれど。
けれど、森川に聞こえたなら他の二人にも聞こえていたのだろうか。
ぐるぐると考えたまま、私は俯いていた。
ただグラスの中の焼酎を流し込むことに集中しているかのように。