だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「篠木と松山は聞いてない。最初にドアを開けたのは、俺だから」
グラスを空にして、森川のほうへ目線を向ける。
森川はただ、私の方を見つめていた。
何の感情も読み取れないけれど、明らかにほっとした表情を浮かべた私を見て、少し笑った。
「玄関ではぼそぼそとしか聞こえなかった。でも、櫻井さんが言ったから」
焼酎の水割りを作ろうと氷を掴んでいた私は、その氷を机に落としてしまった。
ころんと乾いた音を立てて、氷は机の上に転がった。
それには目もくれずに、森川を見つめる。
森川はその転がった氷を空の灰皿に乗せていた。
氷が転がった部分は、ほんの少しの間に溶けた水が残っていた。
「・・・櫻井さん、なんて?」
想像もしなかった出来事が、あの一瞬に起こっていた。
絞り出した声は、自信なさげな小さな声になってしまった。
「言った、とだけ。他には何も」
半分くらいになったグラスの中身を、森川は一気に流し込んでいた。
目の前の自分のグラスに水割りを作る。
それの横に森川のグラスが並べられて、私はそれにも同じものを作った。
そっと森川にグラスを渡して、まずは二人で中身に口をつける。
色んなことが頭の中を回っているけれど、森川はいたって冷静だ。
私だけが知らなかったこと。
松山と篠木には言わなかった。
じゃあ、どうして櫻井さんは森川に伝えたんだろう。