だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「俺にはそれだけで何があったかわかった。時雨が誰にも、何も言えなくなるだろうことも」
優しい声にもう一度森川を見据える。
もう無表情な顔ではなかった。
心配そうで、どこか不安そうだ。
「なんで、森川だったのかな」
「ん?」
「別に、誰にも言わなくてもよかったのに」
「・・・うん」
「なんでこんな大人になってから、他の人のそんなこと、言うのかな?」
「・・・さぁな。何か、想うことがあったんだろ」
「そう、だね」
「大丈夫か?」
心配でたまらないという表情の森川に、大丈夫だよ、と小さく言って笑って見せた。
気持ちは複雑だけれど、森川がそこまで知っているなら、隠す必要なんてないような気がしたからだ。
喉から異に落ちる冷たい液体は滑らかに身体に入っていく。
その冷たさが、少しずつ冷静な私を取り戻させてくれているようだった。
すぐに空になってしまうグラスを見て、大きい方を貰えばよかったのに、と思った。
「時雨、どうするんだ?」
それに答えられれば、今こんなに考えたりしていない。
曖昧に笑うことしか出来ない私を見て、森川は黙った。
沈黙は少しずつ私を追い詰める。
心配してくれている森川がいることを、有り難いと思った。
けれど、今私の胸の内を曝け出すのは、私にとってとても苦しいことだった。
静かに胸の奥で何かが開きそうな気がしたが、その扉は重く堅かった。