だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
そう言って私を見つめた。
私は、息が苦しくなるのを感じた。
今、この瞬間。
傘の中には湊と私だけ。
傘の外は雨のフィルターで、ほんの少しぼやけていた。
二人だけの世界の中で、湊は今、私と同じことを感じている。
ずっと傍で私のことを可愛がってくれた湊。
私は湊のような素敵なお兄ちゃんが出来たことが嬉しくて、いつも湊にくっついていた。
雨が好きな湊と長靴を履いてお出かけをするのが大好きだった。
カッパを着て湊の傘の中で手を繋いでいた。
湊が大人になるに連れて、それは恥ずかしいことのようでなかなか自分では言い出せなかった。
その度、湊が散歩に連れ出してくれた。
隣にいてもいいんだよ、というように。
でも、それは家族だからかな。
家族として接する湊。
けれど、私の気持ちは少し違ったような気がする。
湊の隣に知らない女の人を見る度、苦しくてどうしようもなくなった。
その気持ちの名前なんて、知らなかった。
でも、今ははっきりとわかる。
輪郭まで鮮明に。
彼が、石田君が教えてくれたから。
『灰色』ではない『好き』を。
私は湊にぎゅっと抱きついた。
湊の胸の中で、ただその心臓の音を聴いていた。
規則正しく波打つ音は、少しだけ私の気持ちを落ち着けた。
「時雨?」
心配そうに声を掛けられて顔を上げる。
湊の顔を見たとき、私はもう笑っていなかった。
ただただ、湊の瞳の中の自分を見つめていた。