だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「聞いてもいいか」
それはもう、『聞くぞ』と言っているのと変わらないと思った。
困った顔をして苦笑いしたけれど、森川は質問をやめてはくれなかった。
俯いて、少しだけ目を閉じる。
気持ちは落ち着いてはくれなかった。
「そのお兄さんはどんな人?」
どんな人。
それはとても難しい質問だと思った。
沢山の顔を持っていた湊。
静かに響いたその質問に、観念して言葉を発する。
ゆっくり、時間をかけて。
「綺麗な人。優しくて、でも怖いこともあった。頑固で頭が良くて。いつまで経っても純粋な人」
他にも沢山あるよ、と想うけれど言葉にはしなかった。
小さく笑って、森川を見た。
森川はじっと私の手元に目線を落としていた。
これ以上何も聞かないで欲しい、と心底想った。
「今まで聴いたことなかったな」
「別に隠してたわけじゃないよ。ただ、言う機会がなかっただけで」
櫻井さんに話した時と同じ言い訳を、簡単に口にする。
実際、家族構成の話はよく出る話題だけれど、私はあまり口にしなかった。
「その兄貴の言葉が、今の時雨の原点なのかもな。白と黒の中間か」
「そう、中間」
「お前は、それでいいのかもしれないな」
そう言って森川は笑った。
最初は気を使って『お兄さん』と言っていたのに、あっという間に『兄貴』と崩して呼んだ。
どちらの言い方も湊には似つかわしくなく、知らない人のことのようだった。
けれど、その事は私の気持ちを少なからず軽くした。