だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「そろそろ、帰るか」
「そうだね。明日も会社かぁ」
「のんびりできるのも、もう少しだな」
「ホントだね。帰って寝なきゃ」
森川が切り出した時には、二人ともかなり眠たい目をしていた。
私は一刻も早く家に帰って、お布団の中に潜りたかった。
そうだね、と言って伝票を手に会計に向かう。
お財布を取り出そうとする森川を手で制して、自分でお金を払う。
「今日の相談料。それと、ずっと言わなかったことのお詫びも兼ねて」
そう言うと、渋々といった感じではあるが、嬉しそうに笑っていた。
二人でお店を出て駅に向かう。
夜だというのに、あまり涼しくなる気配がない空気が漂っている。
信号待ちで立ち止まると、ふいに視線を感じた。
森川に見下ろされると、ちょっと緊張してしまう。
ヒールを履いた自分よりも背の高い男の人はそれほど多くないので、少し怖いのかもしれない。
「ほら、忘れ物」
「え?」
すっと差し出された白い袋は森川が買ってくれた香水だ。
ムードも何もないけれど、今はそれが何より嬉しかった。
信号待ちの歩道の隅。
何を言うわけでもなく渡されるそれに、下心を感じないことがとても嬉しかった。
「ありがとう。大切に使わせていただききます」
「あぁ」
そう言って受け取ると、満足そうに笑っていた。
眠そうな目を信号に向けて、何も言わずに歩き始める。
日曜の夜なのにやけに人通りの多い道を、ゆっくりと進む背中を追いかけた。