だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「うん。森川も」
「・・・寝坊するなよ」
「わかってるよ。じゃあ、また明日」
「あぁ」
二人で言葉を交わし、手を振って別れた。
地下鉄に続く階段は生ぬるい風が下から吹いていた。
ホームにはちょうど私が乗る車両が着いたようで、急いでそれに乗り込んだ。
一番端の手すりの近くに座る。
地下鉄の揺れでさえ、今はゆりかごのように感じる。
眠気はかなりピークに達していた。
静かに目を閉じる。
すぐにとはいかないけれど、櫻井さんと話をしよう。
湊のことは・・・少し気持ちを整理しておくべきなのかも知れない。
そんなことは出来ない、と。
自分が一番わかっているけれど、それでも。
想い出すだけでなく、現在との境目を無くすことのない様に。
きっと、私の中の矛盾したこの感情を。
あの人ならわかってくれる気がした。
冷たい手を持つ、大きな背中の人。
櫻井さんを思い出すたびに、湊の背中が重なる。
声も、手も、背中も。
そんなことを考えているうちに、地下鉄の揺れに身体を預けていた。
夏の風が、地下鉄の窓から私の横を通り過ぎた。