だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
壁が揺れる。
どん、っと音がする。
ヒールの音がカツンと鳴る。
「好きなのよ。我儘も言わずに、『いつか』『もしかしたら』って耐えてきたのに・・・」
「・・・」
「・・・もう触れられないなんて、耐えられないわ。他の女を呼ばないでよ・・・」
杉本さんの声は、櫻井さんに縋る声だった。
櫻井さんにしがみついているのが、容易に想像できた。
どんな顔をしてそれを受け止めているのか、私にはわからなかった。
「ごめん」
空気が止まる。
息が詰まる。
櫻井さんの言葉に迷いはなかった。
「わかってくれ、とは言わない。非道いヤツで、ごめん」
それから暫く、杉本さんの嗚咽ばかりが響いた。
聞いてはいけないことを聞いてしまった気持ちになって、どうしようもなくなってしまった。
――――――櫻井さんと、杉本さん、が?――――――
向けられている眼差しが愛情ではないと知りながら、その手を伸ばしてしまった杉本さん。
自分では埋められないものが櫻井さんの中にあるのを知りながら、それでも肌を重ねたかったのだろう。
目の前にあるぬくもりだけは、確かなものだと知っていたから。
その手を、掴んだ櫻井さんを。
私は責めることが出来ない。
だって、私だって同じことをしてきたんだもの。
最低だ、と。
頭の中で理解しながらも、止められないその衝動に同感し。
それと同時に。
その衝動を振り払うほど、想いを向けられているのだと、知った。