だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
少しして、ヒールの音が遠のいていった。
何も言葉を発することなく、杉本さんは行ってしまった。
きっぱりと言い放った櫻井さんに、何か言うこともなく。
あのままでは、何も解決なんてしていないだろうに。
櫻井さんのしていたことは残酷で、きっとしてはいけないことだと想う。
けれど、櫻井さんを罵ることは私には出来ない。
櫻井さんにだって、きっと苦しさがあったはずだから。
そして、私に向けられた想いの重さが突き刺さる。
曖昧にしてはいけないことを、身をもって感じてしまった。
がちゃり、とドアが開く。
私は目を閉じて寝ているフリをした。
会話を聞いていたことを知られたくなかった。
足音が近づく。
ベッドのすぐ傍のパイプ椅子が軋む。
ふうっと大きく息を吐いている音を拾う。
椅子の軋む音がもう一度響いて、何かが近づく気配がした。
伸ばされた手は、私の頭を撫でていた。
そして、ゆっくりと頬を撫でられる。
その指先は遠慮がちで、触れられるこちらが恥ずかしくなるほど、『いとしい』と伝わるような感触だった。
そんな優しい手で、触れないで。
そんな愛しそうに、触れないで。
杉本さんを苦しめているのが自分だと、想い知ってしまうから。