だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「しぐれ、起きれるか?」
優しく私を揺さぶる櫻井さん。
起きていることには、気付いていないみたいだった。
私は、すぐに反応することも出来ずにいた。
「しぐれ。そろそろ送ってやろうと思うんだけど、起きれるか?鞄持ってくるから、少し待ってろ」
そう言われて、ぼんやり目を開ける。
頭の中の混乱は、まだ続いていた。
櫻井さんがそのことに気付かなければいいと思っていた。
「大丈夫か?少し座って待ってろ」
こくんと頷いて櫻井さんの背中を見送る。
起き上がると身体は少し軽かったが、頭はまだ重たかった。
水鳥さんの言っていたカズって誰だろう、とそればかりが頭を巡っていた。
身近にそんな人はいただろうか。
けれど、私を送って帰っていいと指示を出せるのは・・・。
オノウエカズヒサ。
そこまで考えてふるふると頭を振る。
だって、そんなこと有り得ない。
第一、尾上部長は結婚しているし、水鳥さんが不倫なんて想像がつかない。
けれど、ポーカーフェイスが得意の二人なら、それも必然な気がした。
周りから見れば、二人は見事なまでに部下と上司だが、あの意思の疎通は異常なほどだ。
近くにいるから、というのは間違っていないが、どのくらいの近さにいるかは誰にもわからない。
自分の想像に現実が交差する。
思い当たることがありすぎて、そこからは詮索するのをやめた。
まだ、それを知る時ではない気がしたからだ。
水鳥さんは本当に大切なことなら、直接私に伝えてくれるはずだ、と思った。
少しして櫻井さんが迎えに来てくれた。
もう大丈夫だと言ったのだが、それを聞き入れてくれはしなかった。