だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
櫻井さんの車は、峠に向かうような山道を走っていた。
道の途中、雨の中に浮かぶ綺麗な光が見えた。
晴れていれば、もっとはっきりと見えるのだろう。
今は、雨のフィルターが一枚かけられた、少しぼんやりしたものだった。
「もうすぐ着く。悪いな、こんなところまで連れて来て」
「いえ、大丈夫です。気にしないでください」
車は駐車場のようなところに停められた。
目の前には、街を一望出来る夜景が広がっていた。
その夜景を目の前にして、私は言葉を発するのも忘れて見惚れてしまった。
雨に反射する光は鈍く光っているけれど、とても綺麗だった。
周りには数台の車が止まっていて、車の中という限られた空間の中でそれぞれの時間を過ごしている。
話をするには最適な場所だな、と想った。
ただ、あまりに場所に似合わない話をすることになるだろう、と想って覚悟を決めた。
沈黙が、車の中を埋め尽くしていた。
どちらからともなく、お互いの視線を探していた。
カーステレオの光の中に浮かび上がる、お互いの顔を確かめ合っていた。
いつもよりも近い距離にいるはずなのに、なぜか遠く感じる。
そんな不思議な空間の中にいた。