だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版





「その時の湊さんの顔が、初めて見る顔だった」


「初めて?」


「あぁ。心を許してる、っていうか。柔らかい、っていうか」


「普通じゃないですか」


「俺には、違うな。女に見せる湊さんは『いつも同じ顔』だった。誰一人、例外なく」




例外なく。

ということは、そんな湊を知っているのは、私だけだと。

信じてもいいのだろうか?




「声が聞こえたんだ。湊さんの、とても優しい声が」


「・・・声・・・」


「あぁ。『此処にいるよ』って。そう言って、とても大事そうに妹を抱き締めてた。時雨を」




それは、あの時の約束で。

あの小さな傘の中で、ずっと傍にいると誓ったの。

抱き締めてくれた腕の感触も、ずっと。

ずっと、憶えている。




「それで、わかった。湊さんの本当に大切な人は時雨なんだって。妹でも関係ないんだな、ってさ。義理の兄妹なのは聞いてたから」


「そう、でしたか・・・」


「納得した。それで、あんなに頑なに紹介してくれなかったのか、って。写真すらないって言うんだ」


「それは、本当ですよ。二人とも、写真が嫌いでしたから」


「そうなのか?まぁ、その頃からかな。湊さんが女の誘いを全部断りだしたの。もう必要ない、って感じで」




私はぽかんとしていた。

そして、どうしようもなく笑えてきた。


なんて正直で、残酷。

けれど、純粋に大切にしてくれていたのだと分かるやり方で。

湊らしいやり方に、思わず笑ってしまった。




< 181 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop