だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「その時の湊さんの顔が、初めて見る顔だった」
「初めて?」
「あぁ。心を許してる、っていうか。柔らかい、っていうか」
「普通じゃないですか」
「俺には、違うな。女に見せる湊さんは『いつも同じ顔』だった。誰一人、例外なく」
例外なく。
ということは、そんな湊を知っているのは、私だけだと。
信じてもいいのだろうか?
「声が聞こえたんだ。湊さんの、とても優しい声が」
「・・・声・・・」
「あぁ。『此処にいるよ』って。そう言って、とても大事そうに妹を抱き締めてた。時雨を」
それは、あの時の約束で。
あの小さな傘の中で、ずっと傍にいると誓ったの。
抱き締めてくれた腕の感触も、ずっと。
ずっと、憶えている。
「それで、わかった。湊さんの本当に大切な人は時雨なんだって。妹でも関係ないんだな、ってさ。義理の兄妹なのは聞いてたから」
「そう、でしたか・・・」
「納得した。それで、あんなに頑なに紹介してくれなかったのか、って。写真すらないって言うんだ」
「それは、本当ですよ。二人とも、写真が嫌いでしたから」
「そうなのか?まぁ、その頃からかな。湊さんが女の誘いを全部断りだしたの。もう必要ない、って感じで」
私はぽかんとしていた。
そして、どうしようもなく笑えてきた。
なんて正直で、残酷。
けれど、純粋に大切にしてくれていたのだと分かるやり方で。
湊らしいやり方に、思わず笑ってしまった。