だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「お疲れ」
「お疲れ様です」
隣に櫻井さんが並ぶ。
さっきの余韻で、まだなんだか気恥ずかしいままだ。
少し俯いたまま答えると、意地の悪い声が響いてきた。
「なんだ、恥ずかしかったのか?あんなことで?」
「あんなことじゃないですよ。女にとっては一生に一回です」
「じゃあ、これで一回じゃなくなったじゃないか」
「もうっ!そういう問題じゃないんですよっ!」
「じゃあ何が問題なんだ?そんなに難しく考えるからだろ」
こちらは一世一代のドレス姿だったのに。
茶化しているようで、自分と一緒にウエディングドレスを着たことを気にさせない言葉。
それでも、からかわれたことは悔しいので、ちょっと怒りの気持ちを込めて抗議の目線を思い切り向けた。
この人が誤魔化すのは、自分のためではないと知っているけれど。
別に無理に茶化す必要なんてない、と言い聞かせるように目線を送った。
それに気付いたのか、ふと柔らかい笑顔になる。
その顔は、櫻井さんの『本当の顔』だ。
「時雨に良く似合ってた。いつか、そういう日がくるんだろうな」
どこかで聞いた言葉。
似たような声色で、その言葉を言わないで。
湊の言葉を忘れていくようで、怖かった。
「いつか、私にも来るんでしょうか。誰かの為に笑う日が」
湊以外の目に映る自分が、心から幸せそうに微笑む日が。