だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「家に着いたら起こしてやるから、少し寝てもいいぞ」
櫻井さんは、私の方を見ないでそう告げた。
ただ、柔らかい手が私の頬に添えられて、撫でるように触れられた。
「――――っ!!・・・大丈夫です。そんなに簡単に寝たりしないですから」
パッと顔を背けようとしたが、添えられている手の感覚にドキリとして。
ぐっと腕で押してその人から離れようとしたが、私のそんな力にはビクともしなかった。
手で押した反動で、逆に太ももにずるりと滑ってしまった。
起きようとする私の顔を覗き込んで、静かに髪の毛に触れる櫻井さん。
その綺麗な顔に、不覚にもドキッとしてしまい固まってしまった。
「今日は俺も疲れた。大人しく、其処に居てくれ」
懇願にも似た響きをしたその言葉は、私の耳を簡単に通り抜けていってしまった。
心臓をぎゅっと掴まれたような気持ちになって、恥ずかしくなって顔を背けた。
この人は、本当に狡い。
強引なしぐさをしておいて、放つ言葉はあまりにも繊細だ。
二人でいると自分のありのままを曝け出されてしまうので、私は困ってしまう。
私はきっと。
この人の気持ちに応えることなど出来ない。
それすら気づいているくせに、応えられない想いを受け流す余裕すら与えてくれないなんて。