だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「わかりました。じゃあ、少しだけ」
あぁ、と短く応えて窓の方を向く気配がした。
顔を見るのはなんだか悔しいので、目を閉じて車の揺れに体を預けた。
規則的に振動を伝えるエンジンに耳を澄ませて、小さく聞こえる懐かしい音楽を受け入れた。
膝の温かさに敏感に反応してしまうことに、櫻井さんが気付かなければいいと思った。
さらりと髪の毛を触る指は、遠慮がちでどこかぎこちない。
強引さを残したままにしてくれたほうが、やめてください、と言い易いのに。
優しさを含んで、私を甘やかすこの感覚。
誰に見せるでもなく私にだけ晒される、この人の『本当の顔』。
それが嬉しくない、と言ったら嘘になるのかもしれない。
けれど、手放しで喜べるほど、この人のことを大切に想っているわけでもない。
むしろ、この先誰かを大切にすることなど、出来ないかもしれないと想っているのに。
こんな風に無防備に優しくされたら、それに甘えたくなってしまう。
それがこの人を傷付けることであっても、私は甘えてしまうかもしれない。
だって、似ているから。
あまりにも、似過ぎているから。
大きな手。
冷たい指。
するりと髪の毛の間をなぞる感覚を、やっぱり懐かしいと思った。
窓に当たる小さな雨粒が、ぱたぱたと音を立てていた。