だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
「しぐれ、聞いてもいいか?」
「なんですか、改まって。いくらでもどうぞ。答えられることには答えますから」
「『ミナト』って呼んでた」
「え・・・」
驚いて櫻井さんの方を見る。
言い放った本人は、そんな私のことなんてお構いなしに空を見つめている。
「なぁ、その『ミナト』って――――」
「あ、あのっっ!!・・・えっと・・・」
「・・・聞かれたくないことだったか?」
「いえ・・・あの・・・」
「悪かったな。人の寝言なんて追求しちゃいけないんだろうけど。・・・でも、聞いてもいいか?それが誰なのか」
なんと言っていいかわからず、私は俯いてしまった。
隣からは、何の感情も読み取れなかった。
けれど、答えを待っているのは明らかだった。
すっと顔をあげて、私も空を見る。
思ったよりも雲が近くに感じられた。
夏の空は、いつもよりも私達に近づいているように思う。
雲があるときは更に。
重くのしかかるように、雲は私達の目の前から動いてくれない。
今、隣で感じる気配のように。
どんな言葉で、あの人を表すことが出来るだろう、と考えた。
けれど、どんな言葉もあの人を表すことなど出来ない、とも考えた。
伝えられるものはとても少なくて、どんなふうに説明しても伝わるとは想えなかった。
それなら、ありのままの事実を伝えるしかない。
そう覚悟を決めた。