だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版





ごくりとビールを一口流し込んで、ふぅと息を吐く。




「兄です。義理の、ですけど」




山本湊
(ヤマモトミナト)。

四歳の時に出来た、ママの連れてきた私のお兄ちゃん。

七歳年上の湊は、とても大人に見えた。



初めて逢った時、湊は私を見つめて優しく笑ってくれた。

その笑顔を見た瞬間、私の心は湊に捉えられてしまったに違いない。


『時雨』と呼んでくれた、その瞬間に。




「しぐれに、兄貴なんていたんだな」


「言ってませんでしたっけ?」


「話には一度も出てきてないな」


「そうでしたっけ?まぁ、わざわざ言うほどのことでもないですし」


「まぁな。でもそれにしては、随分切なそうに名前を呼ぶんだな。まるで、恋人みたいに」




気が付くと、タバコを消した櫻井さんはもう空を見てはいなかった。

ベランダの手すりに肘を掛けて、じっとこちらを見据えている。



この人がこの顔をする時は、答えの逃げを許さない時だ。

見つめられている距離は近づいたりしていないのに、じりじりと追い詰められている気分だった。



目を逸らすことも話し出すことも出来ず、ただ櫻井さんに目線を返す。



息の詰まりそうな沈黙は、まだ数秒しかたっていないはずなのに。

とても長い時間そうしているかのように、苦しかった。




< 77 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop