だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
ごくりとビールを一口流し込んで、ふぅと息を吐く。
「兄です。義理の、ですけど」
山本湊
(ヤマモトミナト)。
四歳の時に出来た、ママの連れてきた私のお兄ちゃん。
七歳年上の湊は、とても大人に見えた。
初めて逢った時、湊は私を見つめて優しく笑ってくれた。
その笑顔を見た瞬間、私の心は湊に捉えられてしまったに違いない。
『時雨』と呼んでくれた、その瞬間に。
「しぐれに、兄貴なんていたんだな」
「言ってませんでしたっけ?」
「話には一度も出てきてないな」
「そうでしたっけ?まぁ、わざわざ言うほどのことでもないですし」
「まぁな。でもそれにしては、随分切なそうに名前を呼ぶんだな。まるで、恋人みたいに」
気が付くと、タバコを消した櫻井さんはもう空を見てはいなかった。
ベランダの手すりに肘を掛けて、じっとこちらを見据えている。
この人がこの顔をする時は、答えの逃げを許さない時だ。
見つめられている距離は近づいたりしていないのに、じりじりと追い詰められている気分だった。
目を逸らすことも話し出すことも出来ず、ただ櫻井さんに目線を返す。
息の詰まりそうな沈黙は、まだ数秒しかたっていないはずなのに。
とても長い時間そうしているかのように、苦しかった。