だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版





「何、言ってるんですか。そんな訳――――」
「無いのか?そんな風には聞こえなかったぞ」


「・・・湊は、大切な人ですから。素敵な兄で、素敵な人で。恋人なんかよりも、ずっと・・・」


「悪い。そんなことを俺が聞く筋合いは、ないよな」




申し訳なさそうに目線をはずす。

私は小さくいいえ、と答えることしか出来なかった。



櫻井さんの横顔は、憂いを帯びていた。

目の中が、かすかに揺れているように見える。

こんな表情をされると、私が非道く傷つけてしまったのだと思い知らされる。



それなのに。

こんな時ですら、湊の言葉を想い出す。




「・・・小乱れ」




横顔を見て、思わず呟いてしまった。

この人はこんな表情で想ってくれているのに、まだ応えられない私はやっぱり狡いのだろうと思う。



少しずつ近づく距離感に、ブレーキを掛けるのはいつも私のほうだ。




「・・・そうか。もう五月雨(サミダレ)の季節だもんな。そりゃあ、感傷的にもなるか」


「え・・・、あ。はい」




ははは、と自嘲的に笑った横顔を、今度は私が食い入るように見つめてしまった。

『小乱れ』が梅雨のことだと知っている人は、この世にどのくらいの数いるのだろう。



そのことを知る度に、私はこうやって揺らいでいくのかもしれない。




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