だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
オートロックを開けるために、リビングに戻ろうとする。
櫻井さんは悠長にビールを傾けて、タバコに火をつけていた。
いつもそうだ。
この人は誰かが来ても、周りに人がいる限り自分でオートロックを開けに行こうとはしない。
履いていた外用のスリッパを脱いで、リビングに入る。
なぜベランダに出るのに、つっかけではなくスリッパなのか未だに疑問なままだ。
窓はさっきも開きっぱなしだったので、そのままでいいだろう。
「今開けるね」
そう告げてから、解除のボタンを押す。
インターホンの向こうで扉が開くのを確認してから、画面を消す。
振り向くと。
タバコを吸いながら、櫻井さんがこちらを向いていることに気が付く。
櫻井さんは、まだリビングに戻ってくる素振りがなかったので、もう一度ベランダの方まで行く。
窓のところに立つ。
湿っぽいけれど心地よい、雨の空気。
今にも降り出しそうな空は。
静かに、そしてどしっかりと雨を降らせ続けるだろう。
「みんな、来ますよ」
そっと告げると、何の返事もないままタバコを消す。
焦げたような匂いと白い煙を上げて、ぐにゃりと押し付けられたタバコが、くの字になって灰皿に置かれる。
缶ビールを飲み干して、少しだけ缶を潰す。
やっとリビングに戻る気になったのかな、と思って、私はリビングの入り口に目を向けた。
その時、ベランダに一粒の雨が落ちた。
小さな粒のその雨は、音もなく空から落ちてくる。
その雨は、周りの音を吸い取るように静かに降り始めた。