だから私は雨の日が好き。【夏の章】※加筆修正版
決壊...ケッカイ
降り出した雨のせいか、部屋の中には雨の音以外の音がしない。
静かに降る雨が、余計な音を取り去ってしまったみたいに。
「時雨」
そんな中で響いた、櫻井さんのその声。
今までにないほど穏やかで優しい声で、聞いたことのない声のはずなのに。
私の中の記憶が、大きく蘇る気配がした。
低く響き優しく届く、その声。
胸がバクバクと五月蝿い。
その声の主は、私が振り向く前に次の言葉を紡いでしまった。
「時雨、覚えておいて。俺はお前のこと、もう部下なんて想えないってことを」
玄関の外の廊下から、足音が聴こえる。
けれど、部屋の静寂の中には私の心臓の音の方が響いている様に感じた。
その人から発せられた言葉の意味を頭で理解する前に、身体の方が反応してしまった。
振り返るのが、怖い。
けれど、そんなのお構いなしに。
私の身体は、声の主を見つめようと動いていた。
きっと、私の顔は赤いに違いない。
目に映るその人は、満足そうに微笑んでいた。
何かから開放されたかのように、爽やかな顔で。
その顔は、あまりにも穏やかで。
私の気持ちをざわつかせた。
止まっていた時間を、動かすときが来るのかも知れない。
そんな予感が、心臓を痛くする。
時間がゆっくりと動き出す。