砂漠の夜の幻想奇談
先程の商人の屋敷も広かったが、ここは比べものにならない。
ダマスの太守の御殿。
一般人なら豪邸に足を踏み入れることにドキドキとするが、サフィーアは別の意味でドキドキしていた。
(ここに…シャールが…)
一昨日の夜、この屋敷の寝室でありえない出会いを果してから、あの綺麗な王子を思うと胸が異様に高鳴る。
客間で待たされている間、サフィーアの視線はその胸の内を物語るようにせわしなく動いていた。
(どうしよう。なんて言えばいいのかしら?夢で会ったサフィーアですと言えばわかる?あれ?そもそも、出会い自体が単なる私の夢だったとしたら…)
絶望的だ。
そう思って俯いた時だった。
「ごきげんよう、御長老。汝の上に平安あれ」
聞き覚えのある、耳に心地好い甘い声。
(シャール…カーン…!)
サフィーアはバッと顔を上げた。