砂漠の夜の幻想奇談
翌朝、早速サフィーアはドニヤを呼んで庭に出た。
広い庭園の一角には羊の群れ。
シャールカーンがサフィーアのために用意した品だ。
普段の太守の屋敷ではありえないメエーメエーとうるさい光景に、勤めている役人達や守備兵が唖然としつつ庭を通り過ぎていく。
そんな中、サフィーアの仕事が始まった。
「さて、サフィーア様。始めましょう!まずは毛刈りですが…」
百聞は一見にしかず。
ドニヤは詳しく説明するよりも手を動かした。
ナイフを片手に一匹の羊を押さえ付け、手際よく毛の刈り込みを進める。
(うわ~。ドニヤは手慣れてるのね。私にできるかしら)
下手をして羊を傷つけないか心配だ。
サフィーアはドキドキしながらナイフを握った。
「サフィーア様、大丈夫ですか?不安ならお手伝い致しますよ」
びくついている様子のサフィーアに感づき、ドニヤが声をかける。
サフィーアは少しホッとして、はにかんだ。
「お願い、ドニヤ」
「畏まりました。では一緒にやりましょう。失礼致します」
ドニヤはサフィーアの手に自分の手を重ねるとナイフを動かした。
ザクザクと毛が断ち切れる音や感覚が伝わる。
(今から、私は声が出せないのね)
サフィーアは固く唇を結んだ。
「この調子ですよサフィーア様。慣れてきたご様子ですから、手を離しますね」
軽く頷くと、ドニヤの手が離れた。
(このままの角度でナイフを進めればいいのよね)
真剣に、慎重に。
それから午前中一杯、サフィーアとドニヤは羊達の毛刈りに従事したのだった。