砂漠の夜の幻想奇談
「怖いか?」
こそっと尋ねられてサフィーアは小さく頷いた。
「なら俺の顔を見てるといいよ」
ニッコリ微笑まれ、素直にシャールカーンの顔を見上げる。
そのまま鞭の音が聞こえなくなるまでサフィーアはジッとシャールカーンの横顔を見つめていた。
「……ブドゥール王妃は、昔からああなんだ」
遠い目をするシャールカーン。
「他人に厳しいというか、気性が激しいというか…」
彼はゆっくり目を閉じた。
「ダウール兄上にも辛く当たっていたらしい」
思い出すは、幼い頃の記憶。
――ダウール兄上!どうしたんですか!?うでがキズだらけです!
――気にするな、シャール。いつものことだ
――また、ブドゥールさまですか?
――ああ…。俺の詩の吟唱が不満だったらしい。鞭打たれた
――そんな!ヒドイです!兄上のうた、わたしは好きですよ
――ありがとう、シャール
そう言って、ダウールマカーンは笑った。
その笑顔がどんなだったかは、記憶が曖昧でハッキリと思い出せないが、確かに兄は笑っていた。
それだけはよく、覚えていた。