砂漠の夜の幻想奇談
シャールカーンは当初の予定よりも長くバグダードに留まった。
とっくにダマスへ戻らねばならない時期なのに、一日中ボンヤリとしていて覇気がない。
このままじゃダメだと、サフィーアは立ち上がる。
(シャール…!)
両親を一遍に亡くし、しかも母親のことが衝撃的だったのはわかる。
だが、いつまでも腑抜けているなんて本来の彼らしくない。
だらし無い格好で長椅子に背中を預けている王子の前に膝をつき、彼の手を握る。
(悲しいのはわかるわ。私だって悲しい。葬儀の後たくさん泣いたし、今だって気を紛らわしていないと涙がこぼれそうよ。でも……いつまでもこのままじゃ、シャールがダメになっちゃうわ)
祈るように内心で言葉を紡げば、何かを感じ取ったのか、シャールカーンがゆっくりと瞳に彼女を映した。
「サフィーア…」
呼び掛けて、愛しい者の頬を撫でる。
今にも泣き出しそうなシャールカーンの瞳。
サフィーアが彼の手をキュッと握り直した時だった。
「失礼致します!!大変です王子!!至急、政務所へおいで下さい!!」
血相を変えてバルマキーが駆け込んできた。