砂漠の夜の幻想奇談
「バルマキー、俺は今この時をもってダマスの太守を辞任する。後任はバグダードの兄上に選んでもらえ」
「なっ…!」
シャールカーンの本気の表情を目にし、驚愕するバルマキー。
言うだけ言うと、彼は窓辺に近寄った。
爽やかな噴水の音がする。
いつか、サフィーアと共にこの音を聴いた。
「お待ち下さい!どちらに行かれるのですか!太守さ…シャールカーン王子!!」
今にもフッと消えてしまいそうなシャールカーンの横顔に、トルカシュが呼び掛ける。
すると、王子はとびきりの微笑を浮かべた。
「今まで、ありがとう…」
そして、フッと消えた。
何の前触れもなく。
全てが幻だったかのように。
シャールカーンの存在は臣下達の目の前で、日の光に溶けていった――。