マサハルさん
「それで、その本がどうしたんだ?」
マサハルさんも、今日はビールを要求してこない。
冷蔵庫をチラリとも見ようとしない。
「なんかね、シズカさんがいなくて寂しい気持ちや、悲しいって気持ちを口にすると、その本と同じことになるって思ってたみたい」
「…………」
「口に出したら、二度と帰ってこないんじゃないかってさ」
「…………」
「今はちょっといないだけで帰ってきてくれる。自分が口にしなければ帰ってくるって信じていた時に、それを、その男の子、あ、タッくんって言うんだけど、その子に言われたみたい。『お前ん家の母ちゃんは二度と帰ってこない』って」
僕はそう言い、テーブルの上にグラスとビールを置いた。
マサハルさんはじっとシズカさんが座っていた辺りを見つめていた。