猫と生きる




私は人気のない路地を歩いていた。


あのあと、月元さんは吉田直也のことをいろいろ教えてくれた。


すぐに仕事をサボるだとか、いつも遅刻するだとか、ヘビを逃がすだとか、ほぼ8割が悪口だったけど。


でも、最後に月元さんは言った。


吉田さんは本当にいい人だよ、と。


具体的にどういい人なのかはわからないが、あの人の良さそうな彼がそう言ったのだ、悪い人ではないだろう。





私は地図アプリを頼りに、次の目的地を探していた。


吉田直也のアパート。


彼は私の命の恩人なのだからやはりお礼を言わなくてはならない。


もうすぐ目的地だ。


私はお礼に買った有名洋菓子店のマドレーヌの入った紙袋を握りしめた。


これ渡したらすぐ帰るわけだし、どうってことない。


月元さんの時とは違い、彼には連絡を入れていない。


正確に言えば、連絡しようと思ったのだが、何を話したらいいか迷ってしまい、結局電話をかけられなかったのだ。


月元さんや店長さんの時には普通に電話をかけたのに。


とうとう彼の住むアパートの前まで来てしまった。


手には変な汗が滲んできた。


ライブの前みたい。


…緊張?


いやいや、ファンに会うってなかなか危険なわけだし、しかもほら、家に行くって危険だし、これは緊張してるわけじゃなくて、あれよ、…なんだろう。







アパートの前で立ち尽くして10分が経過した。


私はなにをしているのだろうか。


これじゃあ私が吉田直也のストーカーみたいではないか。




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