ロフトの上の冷たい毒 星のない漆黒の空の下
勤め帰りらしい中年男が、寿司のメニュー表を前に考え込んでいた。
水曜日。
午後6時に訪れたテイクアウトの客。
どうするかなあ、迷うなあ……と呟きながら。
こういう時、客の好みや食べる人数を訊いたりして、助言するのがプロの仕事なのだろうが、高校生の私にそんな事は出来なかった。
ただ、立って客の決定を辛坊強く待っていた。
すると。
「あの、すみません!」
デリバリーの注文が切れ、暇を持て余していた貴彦が、男の言葉を聞きつけ、しゃしゃり出てきた。
店名が記された青いウインドブレーカーの姿で。
「当店ではキャンペーンをやっていまして。
軍艦三昧っていうのがイチオシですよ。
ツナマヨとかミニハンバーグとか海苔に良く合うんです。
ありきたりな寿司に飽きた人には、すごくお勧めな一品です!」
如才ない喋りに、40代半ばくらいの男性客は頷き、5人分のパーティ寿司と貴彦の言った変わり寿司一折をオーダーした。
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
「ありがとうございましたー」
テイクアウトの客の背中を二人で見送ったあとのカウンターで。
貴彦が前を見たまま、唐突に言った。
「俺、今日でバイト辞めるんだ」