望む光へ歩け彼方へ
・・・
美冬さんが絵を描くと宣言してから、各々がスケッチブックを手にとり、構図を探しにでかけた。
かくいう俺は悩み果てていた。
絵を描いたことはほとんどなかった。文彦に誘われてこのサークルに入ったのだ。数合わせとして。
絵を描くつもりはもちろんあったし、楽しみでもあった。が、やる気と技術はもちろん別物で、今日初めてサークルで絵を描くのだからなおさら俺は戸惑っていた。
よし。みんなの絵を見に行くか。
まずは上達するには、うまい人の絵を見なければいけないだろう。そう頭の中で考えると、道具をそのままに歩き出した。
少し歩いて行くと、入り組んだ地形になってきた。こんな方に誰もこないかと思い引き返そうとすると、視界の隅に動くものを捉えた。
よく目を凝らすと、画を描く道具は所持しているものの、なにも描こうとしていない様子である。
俺は靴音を波音に消されながら、後ろからゆっくり歩いて行った。
泣いて…る?
うつむいていた顔が、少し前を向いたとき涙が落ちた。きれいに、ドラマチックに舞えばいいのに。その涙は悔しそうに下に落ちた。少なくとも自分にはそう見えた。
ザッ
俺の足が石を滑り、音を鳴らした。肩がびくんと震えた。
「こんなところで描いてるんだね」
キッ、と睨むように俺を見た市ヶ谷に、まるで何もなかったかのように、シラっと返す俺。涙なんて見てませんというのを全力でアピールしているようで、むしろ怪しいかもしれない。
「私、絵…描けないの」
「ん?」
キャンバスに近づいていくと、俺はそれが真っ白なのを認めた。
「描けないってのはーー」
「おーい、尊ーなにしてんだ?って市ヶ谷か!おっ、邪魔しちまったか?!ごめんごめん」
「お前はうるさいやつだな」
文彦がいきなり現れ、まくしたてた。
いきなり現れた、というのは嘘だろう。
俺は、市ヶ谷に目を奪われていたから。恋愛的な意味ではない。
俺は市ヶ谷に話を聞こうかと一瞬思ったが、泣いてたこともあり、これ以上すと文彦にも聞かれそうなため、立ち去ることにした。
「市ヶ谷。邪魔してすまなかったな」
「ん、大丈夫」
「よし。文彦行くぞ」
「え、でも市ヶ谷と話してたんじゃ…」
俺は強引に文彦を掴むと、入り組んだ地形であるが故に足元に気を付けながら、その場を去ることにした。
「さあて。次は雛乃でも見に行くかなぁ。」
「俺も行くわ」
「お、おう」
文彦は元美術部。俺と違って歩き周る意味があるとは思えなかったが、特に邪険に扱う理由もないので同伴を許可した。
雛乃がどこに行ったかはわからない、が、最初に確か森の方へ向かっていった気がしたため、俺は森の方へ歩き出した。
海から離れ、アスファルトで舗装された細い坂道を歩いていく。
辺りには、ぽつん、ぽつん、と民家らしきものがあるが、人が住んでいるか謎なくらいである。
民家のある辺りを通りすぎると、森林は本格化した。
「なあ、こっちであってると思うか?」
森をどんどん歩いて行くこと数分。先に疑問を呈したのは文彦であった。
それに関しては、俺もそう思っていた。反対側にいけば、ここに来る際バスで通ってきた道があるが、そこに雛乃が行ったとも思えなかった。
俺は戻ろうかと考え、辺りを見渡した。
「けっこうな距離歩いたなぁ」
そして見つけた
「いや、多分雛乃はこの先にいるんじゃないかな?」
俺が指差した方を文彦もゆっくり見た。
この先展望台
そう書かれた、サビかけの看板を見て俺たちはうなずきあった。
そして、その先を少し行くと、広がっている光景に息を飲んだ。
「ーーっ」
海の反対側は谷になっていた。
その緑の美しさに、そして空気の綺麗さに吸い込まれそうになる。
沈んできた太陽が生み出す光と闇のコントラスト。
そのまま閉じ込めておきたいような空間だった。
「はあ…。あんたたちを見ないためにここに来たのに」
俺は憎まれ口に返事をしようとして応えた。
「うまいな……」
描かれていた絵が、だ。
粗さはあるが、雰囲気を損なっていない。時間と共に移り行く風景を素早く納めたかのようだ。
雛乃は嘆息しながら筆を置いた。
「描き終わってよかったわ。あなたたちに見られながらじゃ描けないもの」
憎まれ口を叩かれながらも、俺はもう一度じっくりと絵を見た。
絵を見ていたら、心が酷く寂しくなった。色遣い?もとの風景?
なんなのかわからなかったが、とりあえずその絵は胸を締め付けてくることはわかった。
「寂しいな……」
俺は思わず呟いていた。
「おいおい、男の寂しがりとか気持ち悪いぞ?」
文彦は軽く俺をバカにしてきた、が、雛乃の反応は違った。
「寂しくない…」
「え?」
文彦は驚いて雛乃に聞き返していた。
「もういい。あんたら、二人先に行ってなさい。早く」
「わ、わかった」
雛乃の有無を言わさぬ雰囲気に、俺たちは山を背にした。
・・・
「おい、尊。何雛乃ちゃん怒らせてんだよ」
しばらく口を開かなかった文彦から最初に出た言葉はそれだった。
「俺もわからん。絵の感想言っただけなのにさ。」
「そりゃお前、自分が一生懸命描いた絵に寂しいとか言われたら誰でも頭にくるぜ」
まったく、と文彦は頭を掻いた。
「あとで謝っとくわ」
「うん」
俺たちは、ゆっくり歩いた
「おーっと。ホモ達じゃないか」
俺たちは早く歩いた
「おーっと。ホモ達じゃないか」
「『うおおおーっ!!』」
俺たちは全力でその場をダッシュした。
「ごめんよおおお」
同じくダッシュで追いかけてきたのは美冬さん。俺と文彦がホモだって?
「どうせホモにするなら、もっと背が高いやつにしてください」
「どうせホモにするなら、もっと顔がいいやつにしてください」
顔は言うな、背は言うな、と互いに取っ組みあっていると、美冬さんは笑い始めた。
「仲のいいホモだな」
「『違います!!』」
また同時に返答してしまった。キリがないので黙り込む。
「で、絵は描けたのかい。」
真面目な表情に戻った美冬さんは、俺と文彦を交互に見た。
俺は絵をほとんど描いたことがないため、見て歩いていると言った。美冬さんは、絵を今まで描いていないのによくサークルに入る気になったなと笑った。
「で、文彦は?」
うっ、と言葉に詰まった文彦は頭を掻いた。
「ほらー、俺も絵がヘタだから見れば勉強になるかなーって」
へー、とあきらかに信じていない目で、美冬は続けた。
「高校のときに、賞とって新聞に名前が掲載された人はヘタクソって言うのかしら」
さすがに、文彦はそれ以上は何も言わずただ苦笑いしていた。
だが、美冬はそれを待っていたかのように笑顔になった。
「あなたたち2人にお願いがあるのよ」