ヒールの折れたシンデレラ
すると宗治の手が不意に千鶴の足をなでる。

「朝からこんな官能的なお誘いうけて断るなんて無理なんだけど」

口元は笑っているが、目が笑っていない。

おそらく千鶴が自ら望んでこの恰好をしているとは思っていないだろう。

しかしその理由を宗治に告げようとは思わない。時間が解決してくれる問題だ。

「ちょっと朝ひっかけちゃって、今から買いに行くところ」

「千鶴みたいなタイプがロッカーに替えのパンストも持ってないとは思えないんだけど」

先ほどまで口元にほのかにあった笑みがなくなっている。

鋭い宗治が千鶴の置かれている状況を把握していないわけなどない。

ただ千鶴は忙しい宗治をこんなことで煩わせたくなかった。

「私案外ドジなんです。そういうの気づかないふりしてください」

できるだけ笑顔をつくり宗治の腕に手をポンっとかける。

「大丈夫なんだな?何かあったらちゃんと相談して」

心配そうに見つめる宗治に千鶴は「大袈裟だよ」と何事もないという態度で返す。

「何でもないなら、その魅惑的な恰好早くどうにかしてもらわないと、午前の予定全部キャンセルすることになるけどいい?」

「ダメです!」

そんな会話を交わしながら会議室から出ると、そこには鬼の形相をした勇矢が立っていた。

「常務こんなところで楽しそうですね」

眼鏡の奥の瞳は全く笑っていない。

千鶴は「では失礼します」と声をかけて急いでその場から逃げてエレベーターに乗りこむ。

エレベーターの中で勇矢に首根っこを摑まえられた宗治を想像してクスクスと一人笑った。
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