ヒールの折れたシンデレラ
「でもそれ私の……」

止める間もなく宗治が口をつけて一口飲む。

「まぁ、そんな下々の者がのむようなものを、瀬川さんのマグカップでっ!」

華子は時代錯誤なセリフを吐いている。

「結構うまいじゃん」

宗治はそう言って千鶴をみてほほ笑む。

(これ絶対わざとやってるっ!)

早くこの場を宗治に去ってもらわなければ、秘書課の空気がどんどん悪くなっていく。

「常務、今日はこちらにどんな用事でいらしたんですか?」

言葉の裏に「はやく部屋に帰れ」という思いを込めて千鶴は話しかける。

「そうそう、忘れてた。千鶴ちゃん、今日はランチ一緒に行くから準備しといて」

嘘くさい甘い笑顔を千鶴に向けて、デスクを立ち自分の部屋へと戻っていった。

千鶴の思惑通り部屋にもどってくれたものの、最後に落とした大きな爆弾の威力は絶大。

宗治はこの一ヶ月こうやって秘書課の中をひっかきまわすために、わざと千鶴を特別扱いすることがある。

その効果はてきめんで華子などは「ギギギ」という歯ぎしりの音さえも聞こえてきそうな勢いだ。

艶香の冷たい視線で傷つけられ、園美の「まぁ、ふふふ」という良く分からない反応があり、今日の千鶴の一日も何事もなく終わるはずなどなかった。

それというのも、宗治は千鶴が『シンデレラ』だという噂をうまく利用していた。

そういうことにしておけば、ほかの三人の相手もしなくて済む。断る理由にはもってこいだと思っている。
早速華子の攻撃がはじまる。

「瀬川さん、あなた常務に『千鶴ちゃん』なんて呼ばれていい気になってるんじゃなくって」

そう言って、昨日作成した資料を返される。
< 19 / 217 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop