ヒールの折れたシンデレラ
最終章
(1)父に導かれて
季節外れの別荘地には人はほとんどいなかった。
ここにきて十日ほど、ほぼ毎日眠れぬまま朝を迎えた千鶴は父親が絵を描いていた部屋に向かう。
扉をあけるとそこはまだ絵具の匂いがした。
父親の生前にも年に一度か二度しか訪れることができなかったが、ここに来ると父親に話を聞いてもらいたくなる。
父親の気配が感じられる数少ない場所だった。
(お父さん……やっぱり私は大事な人の邪魔になることしかできなかった……)
千鶴にとっては初めて自分の過去を話した相手だった。
その傷を乗り越えて宗治の近くにいたいと思った。
しかし結果はどうだろうか……考え始めると気持ちが際限なく沈んでいった。
何日も同じようにして、宗治のことを思い出しては涙を浮かべた。
(このままじゃいけない買い物にでもいこう)
ふさぎ込んでしまわないためにも、気分を切り替えるために自転車に乗り十分ほど走ったところにある、ここらあたりでたった一軒しかないスーパーへと向かう。
何度か通ううちに顔なじみになったレジ係のおばちゃんと一言二言交わし、二、三日分の食料を袋につめて家路につく。
木々のあふれる伊吹を感じながら少しだけでも自分を取り戻したかった。
自転車をこぎ頬に風を感じながらアトリエへの道を走る。
(いつまでもこうしているわけにはいかない。前にすすまないと)
しかしすぐにその最初の一歩は、強引に踏み出すことになった。