ヒールの折れたシンデレラ
「あのこれ……」
「何?この資料これで完璧だとでも?」
昨日残業してまで必死になって作った資料だ。間違いもないはず。
「どこが、いけなかったでしょうか?」
「そんなことも分からないの?全部ダメよ!全部やり直しなさい」
そう言って華子は部屋の外に出て行った。
「あらら、ご愁傷様~」
マニキュアを塗りながら艶香がバカにしたように言う。
園美はまだこの空気になれないのかおろおろするばかりだ。
千鶴は大きなため息を一つついて「常務なんてハゲちゃえ」と呟きパソコンへと向かう。その姿をみて勇矢はパソコンの陰で笑いをこらえていた。
朝の衝撃が大きすぎてパソコンに向かっていても集中力が欠ける。さっきから同じ箇所をずっと目で追っていた。
十一時を過ぎた頃、千鶴のパソコンのメールに理乃からランチのお誘いがあった。
【常務の奥様候補殿 今日煉瓦亭のランチ行かない?無性にオムライスが食べたいの 返信待つ!】
千鶴の頭の中に煉瓦亭のオムライスが浮かぶ。とろとろの卵にデミグラスソースたっぷり。
理乃にOKと返事のメールを作成している途中で朝の出来事を思い出し、頭の中のオムライスを消し去った。
【ごめん理乃。ちょっと野暮用があるの。また今度誘って】
そう返信して本日何度目かもわからない溜息をついた。
十二時前にデスクを立ち、申し訳程度に化粧直しをして会社の正面玄関へ向かう。
秘書課を出るときに華子と艶香の痛いほどの視線と園美の気の抜けた「いってらっしゃいませ~」と言う声に見送られた。
千鶴がエレベーターを降りると、男性社員が脇によって直角に腰を折って挨拶をしてきた。
軽く会釈をしてその場を後にするが、これもこの一ヶ月に周りで起こった変化の一つである。