ヒールの折れたシンデレラ
「すみません。うちの子猫ちゃんのしつけがなってなくて」

振り向くとそこには宗治が笑顔を浮かべて立っていた。

「君のところの秘書は目上の者に対する態度も知らないのか!」

矛先を宗治に向けて日下はなおも声を上げる。

「本当に申し訳ありません。この子猫ちゃん本当に恥ずかしがり屋で……。きっと日下専務のズボンのチャックが全開なのを見て恥ずかしさのあまりぶっきらぼうな言い方をしてしまったんだと思います。本当にすみません」

宗治がそう言いながら日下のズボンを指さす。

確かにしまっているはずのチャックが全開になっている。

その場全員の視線がズボンに集まり、はずかしかったのか日下の顔がみるみる赤くなり「ちゃんと部下の教育はするように」と言い残してズボンを直しながら去っていた。

日下が去っていったあと、宗治と千鶴はお互い顔を見合わせてどちらからともなく噴き出した。

「あぁ~あの専務の顔見たか?」

「見ました。もうザマーミロって感じです」

ふたりして笑いながら人が少なくなった廊下を歩きエレベーターに乗り込む。

「だけど、君がかばってくれてうれしかった」

ふたりきりになった狭いエレベーターの中で急に宗治に目を見つめられながら言われて、千鶴は恥ずかしくなって思わず目をそらしてしまう。

「あれは、本当のことですから」

それ以上言葉が見つからない。

気まずい雰囲気の中、宗治のスマホがメールの受信を知らせた。

画面を確認してそれを千鶴にも見せる。

「生まれたって」

画面には生まれたばかりの真っ赤な顔をした赤ちゃんが写っていた。

「かわいい!」

「そうだな」

ふたり画面から顔をあげて、お互い笑いあった。

エレベーターの中の空気が柔らかく温かいものに変わっていった。
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