ヒールの折れたシンデレラ
「そうですか」

それ以上は何も言わずに、ペットボトルを両手で持ったまま宗治の視線の先にあるボールを一緒に見つめていた。

しばらくすると、ゆっくりと宗治が立ち上がりボール取ると、千鶴へとパスをだす。

「そんな君こそ、こんなところで上司とバスケなんかしてていいの?金曜の夜なのに」

パスされたボールがまるで「次は君の順番だ」とでも言いたそうに手元にある。

「そうですね、金曜の夜になにやってるんでしょうかね」

くすくす笑いながらボールを宗治に返す。

「彼氏に怒られない?」

ボールが返ってくる。

「今は彼氏いませんし、それに――」

「それに?」

「私は、まだ結婚できないんです」

そういってボールを返すと、驚いた表情で宗治がキャッチする。

「どうして?十分適齢期だと思うけど」

千鶴はボールが来るのを待っていたが、それはそのまま宗治の手のなかにあった。

沈黙が千鶴に話の続きを促している。

「どうしてもやっておきたいことがあるんです。それが終わってから考えます」

そういって笑顔を作ってみる。

こんなこといくら聞かれたからといって上司に話す内容ではないだろう。

だけど今日はなんとなく心の中の思いがするりと口から出てきてしまった。

気まずくなった千鶴はバックをもち「そろそろ行きましょう」と宗治に声をかけた。

お互い会話もなかった。けれど千鶴は宗治に話したことは後悔していない。

それがどうしてなのか、自分にいくら問いかけても答えはでなかった。

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